私の父は51歳で死にました。

その時私は22歳。

まだ私が小学生の頃から、父はことあるごとに「自分は50歳になたったら死ぬ、50歳になったら死ぬ」と口癖のように言ってました。

おまけに自分の死に際まで語って。

自分必ず50歳で死ぬ。

人口呼吸器を付けられているから、迷惑をかけるようならコンセントを抜いてくれとまで言っていた。

そして自分の兄弟は、自分が死の淵に瀕していても側には居てくれない必ず帰るとも言っていた。

私は、何時もの口癖程度にしか父の語る話を真面目は聞いていませんでした。

月日経ち、父の50回目の誕生日が来た時には家族一同胸をなでおろしました。

良かった。

父は50歳。

まだ生きている。

そして無事に51歳の誕生日が過ぎて、なんて事は無かったと父の口癖はただの口癖だったのだと‥‥そう思ってた。

心から。

その年の大晦日、暮れゆく年の瀬を紅白歌合戦を観ながら家族団欒で過ごしてました。

父がやたらと泣くのです。

そして親戚縁者にあちこち電話をかけまくり、笑いながら話してました。

まるで永遠のお別れが近づいているかのように。

年が明けて、私も遠方の職場に戻り日常が始まりました。そして1月10日、電話が鳴りました。

それは父が倒れたという知らせでした。

あー父は死ぬのだと確信しました。

病院に到着して病室に入ると、人口呼吸器をつけられて昏睡状態の父がベッドに横たわっていました。

私の住む街は豪雪地帯で、冬になると半端ない雪が降る。父は雪が好きな人でした。

倒れたその朝も大雪で喜んで飛び起きて、トイレで具合が悪くなり救急車で運ばれたらしい。

病院に運ばれてたその夜の7時脳死の判定が下された。医師からレントゲンの脳の画像見せられ、脳のど真ん中に拳くらいの大きさの出血が写ってました。

どうにもならない運命がある。

そして人はいつか必ず死ぬ時が来る。

それから3日後の13日の朝、父は静かに51歳の生涯を閉じました。50歳で死ぬ予言から1年長く生きたけれど、結局父の言葉通りになりました。

言霊。

精神が統一され、口から出る言葉は現実になる。

父は自分の死を知っていたのだろうか?

多分、潜在意識で知っていた。このタイミングで自分が死ぬ事を今生の計画としてこの世に来ている。

産まれる前に、あの世で次の人生のストーリーをおおまかにあらかじめ設計して人は生まれて来る。

家族という名のタペストリー、ひとつの家に揉め事の種が必ず存在し、前世のからの縁で結び付き家族になり人生の物語を各々が演じて生きる。

そこに数々のドラマが生まれる。

父は自分の母(私の祖母)の存在に苦しみ抜いていた。明日への希望を失うと、永遠に続くかのような明日は絶望に変わる。

絶望に変わる明日は、生きる希望をも奪い去る。

父は死にたかったのだろうか?

父が亡くなってから長い年月が過ぎた。私は父の死からたくさんのことを学んだ。

生きる命が短かろうが長かろうが、どんな人生であっても人は与えらた命の時間を生きなければならない。その与えられた時間を絶望で埋め尽くされたままの時間を生きるのか、どんな日も明日という日を希望に変えて生きるのかそれもまた運命。

私は希望がないと生きられない。

言霊。

口にする言葉は希望に満ち、思いやりのある言の葉でありたい。

口から吐いた言葉ひとつで人も己も傷付き、取り返しのつかない事態を招くからだ。

そして、どんなに困難な人生であったとしても、希望に満ちた言の葉も必ず叶えらるはずだから。

私は父の年齢を超えて今日も生かされている。

そして明日も生きていく命ある限り。